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長野地方裁判所上田支部 平成8年(ヨ)13号 決定

債権者

手塚圭美

債権者

山本きぬ子

右債権者ら代理人弁護士

岩下智和

滝澤修一

町田清

松村文夫

内村修

上條剛

鍛治利秀

水口洋介

債務者

丸子警報器株式会社

右代表者代表取締役

塚田正毅

右代理人弁護士

湯本清

茅根熙和

春原誠

主文

一  債権者らが債務者との間で、労働契約上の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者らに対し、平成八年六月から本案の判決に至るまで、毎月二五日限りそれぞれ金一四万六〇五〇円を仮に支払え。

事実及び理由

第一申請の趣旨

一  主文同旨

二  債務者は債権者らに対し、平成八年六月から本案判決確定に至るまで、毎月二五日限りそれぞれ金一四万六〇五〇円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  当事者等

1  債務者は、住所地で自動車用警報器(ホーン)やリレーなど自動車用部品を製造販売している会社である。設立は昭和二四年一二月一五日で、住所地に本社工場を有し、資本金は一二八〇万円である。製品の約七〇パーセントを、トヨタ自動車株式会社、日野自動車株式会社及びダイハツ工業株式会社の各社から受注している。

2  債権者らは、債務者と雇傭関係にある労働者である。債権者手塚は、昭和五二年九月一二日に、債権者山本は昭和五五年八月二一日にそれぞれ債務者と雇傭契約を結んで入社し、以後債務者の自動車用ホーンの製造作業に従事して現在に至っている。

債権者らは、債務者における臨時社員である。債権者ら臨時社員は、雇傭期間を二か月と定めて雇傭され、二か月ごとに新たに同様の雇傭契約が結ばれる形で契約が更新されてきた。臨時社員に対し、これまで債務者の側の都合で更新が拒絶されたことはない。この結果、債権者手塚については勤続年数は一九年に、債権者山本については一六年に及んでいる。

3  債権者らの給与は日給計算である。平成八年一月から、両名とも日額六五一三円であるが、これに毎日午後四時四五分から五時までの一五分間分の特別手当二八〇円を加算した六七九三円が現実に受けている日給である。債権者らの一か月平均就業日数は二一・五日であるから、一か月の平均給与は一四万六〇五〇円である。債権者らは毎月二五日に一か月分の給与を受けている。

二  本件雇止め及びその前後の事情

1  債権者らを含む女性臨時社員二八名は、債務者を相手に正社員との間の賃金差別を訴えて、当長野地方裁判所上田支部に損害賠償請求訴訟を提起し債務者と争っていたところ、この訴訟につき債権者ら原告の一部勝訴の判決が平成八年三月一五日言い渡された。この判決に対し債務者は控訴した。

2  右判決言渡しから二五日後の同年四月九日、債務者は、債権者らを含む八名の臨時社員に対し、雇傭期間の切れる同年五月末日をもって雇傭契約の更新を行わない旨を告げた。

右の通知(以下この通知によって債務者が表示した契約更新の拒絶を、便宜「本件雇止め」と言う)は、債務者の工場における自動車用ホーンの生産ラインの一本を自動化することなどにより余剰人員が生じることを理由としていた。債務者は、本件雇止め対象者の選定基準として、臨時社員及び嘱託社員のうち、年齢の高い順に八名を選んだというように債権者らには説明した。事実、雇止めの通知を受けた社員は、組立作業に従事していた臨時社員のうち年齢の最も高い八名であった(ただし、債務者の工場において石油類等の管理や工場周辺の清掃を担当する七二歳の男性嘱託社員は雇止めの対象外とされた)。

3  なお、右八名のうち、前記損害賠償請求訴訟の原告であった者は債権者らのみであり、かつ労働組合(全日本金属情報機器労働組合丸子警報器支部)の組合員であったのも、債権者らのみであった。債権者手塚は本件雇止めの通知を受けた当時満六一歳、債権者山本は満六〇歳であり、右八名のうちでは最も低い年齢に位置していた。

三  双方の主張

1  以上一、二の事実は当事者間に争いがない。

債権者らは、本件雇止めにつき、控訴審に継続した前記損害賠償請求事件に関する報復及び訴訟対策として行われたものであるとし、仮に債務者が雇止めの理由として主張するような経営合理化のためのいわば整理解雇であったとしても、許容される要件を欠くものであって、いずれにしても権利の濫用であり無効であるとする。

2  これに対し債務者は、本件雇止めの目的につき別件損害賠償請求事件と関連づける債権者らの主張を「全くの邪推」であるとして否定し、債権者ら臨時社員の雇傭は期間の定めのある契約であって、債権者らは雇傭期間満了により契約が終了したに過ぎず、整理解雇の法理も適用の余地がないとする。また、本件雇止めの理由を、ホーンの自動組立機を平成八年五月に導入したことや「M四リレー」の受注減による余剰人員の発生にあるとし、自動車業界の情勢、債務者の経営見通しからしてやむを得ない措置であること、雇止めの回避措置も講じてきていること、対象者も正社員の定年である六〇歳以上の者であり、この年齢の者は、正社員との均衡からして、雇止めがあり得ることが当然の前提であったことなどを主張する。保全の必要性についても争う。

第三当裁判所の判断

一  本件雇止めの目的に関する主張について

1  本件雇止めの通知が別件損害賠償請求訴訟の第一審判決言渡日からほどなくしてなされたこと、その通知がなされたころはすでに右判決に対し債務者が控訴をしていたことは、前記争いない事実記載のとおりである(なお右損害賠償請求事件の第一審判決については、債務者に続き債権者ら原告側も控訴したことは当裁判所に顕著な事実である)。

このように正社員との賃金格差をめぐり労使が対決姿勢を強めている中で本件雇止めの通知がなされたことに加え、希望退職者(雇傭契約の更新を希望しない者)の募集など摩擦の少ない人員削減方策を経ることなく直ちに前例のない一方的な通知による雇止めという手段に出たものであることも争いないところ、人員削減という見地だけから考えるならば、希望退職者の募集などの穏健な方法をまず採用してみることは十分に合理性があると考えられること、さらに、債務者がこのような一方的雇止めを企図するに至ったのがいつの時点かは必ずしも明らかでないが、少なくとも従業員側にそのような措置もあり得ることを明らかにしていた事実は疎明資料からは全くうかがえないことなどに照らすと、債権者らが本件雇止めを、別件損害賠償請求訴訟に一部敗訴したことを契機に債権者ら組合員に対する何らかの害意をもって敢行したものと受け止めたことは、債権者らの心情としては無理からぬところと言わなければならない。

2  しかしながら、債務者がかねてから人員削減も含む経営合理化に迫られていた事実も、疎明資料により一応認められるところである。そして、現実に雇い止めがなされた者は組合員ばかりでなく、むしろ対象者八名のうち非組合員が大半の六名であったし、その対象者八名を、正社員の定年との比較から満六〇歳を超える者という基準で選定したということも、一方的な選定における選定基準の問題として考える限りは、それなりに理屈の立つものであったと言える。

してみると、前述の如き事情があるからといって、直ちに、本件雇止めを組合員に対する害意に出たものでその動機からして当然に権利の濫用であると断ずることはできない。

二  債権者らの雇傭形態

1  そこで、他の観点から、本件雇止めが許容されるか否かを検討する。

まず問題となるのは、債権者ら臨時社員の雇傭形態である。債権者らが、同人らの主張するように期限の定めのない労働契約に類する状況下で稼働していたというのであれば、本件雇止めは会社側の都合によるいわゆる整理解雇と見るべきであり、それが許容されるためには、差し迫った経営危機の存在、解雇回避努力がなされたこと、労使の協議が行われたことといった諸要件が充足される必要があるし、債務者が主張するように期限を定めた契約であるというならば、本件雇止めは契約期間満了後新たな契約を結ばないというに過ぎないのであるから、その自由は原則的に認められるべきものであって、それが許容されるべき場合を限定することは当を得ないと解される。もとより、債権者らが二か月ごとに新たな契約を結ぶ形で雇傭契約を更新してきたことは争いないわけであり、問題はそのような契約の形式面ではなく、債権者らと債務者との実質的な雇傭関係がどのようなものであったかである。

2  この点につき債権者らは、債務者に雇傭される際、雇傭期間については二か月が前提であってもその更新が当然予定され、希望すれば長期間勤務できるような話がなされていたと主張するが、契約の当然更新や希望による長期間勤務の保障の合意が雇傭の当初あるいは雇傭後のある時期に明確になされたかという点については、債権者ら自身もそのように端的に主張するわけでもなく、またその疎明もない。したがって、双方の明示的な合意を根拠に、期限の定めのない契約あるいはそれに類する契約形態であったことを認めることはできない。

3  しかしながら、少なくとも、会社の都合が生じた場合二か月ごとの期限を区切りとしていつでも辞めてもらうことになるとの趣旨の説明がなされた事実は、疎明資料上認めることはできないし、現に、多数の臨時社員を擁していた債務者の工場において、債権者らを雇用する前もそれ以後も、会社側からの一方的な雇止めは全くなかったことからして、債権者らに、継続的な勤務が可能であるとの期待を、当初の就職以後今日まで一貫して抱かせていたことは疑いないところである。そしてこうした期待のもとに、債権者手塚はすでに一九年、債権者山本は一六年という長期間の勤務を継続しているのであって、この事実をふまえるならば、債権者らの雇傭形態は、その実質においては、もはや期限の定めのないものと類似の状態に至っていると見るべきである。したがってその雇傭の継続には一定の法的な保護が与えられてしかるべきである。

三  雇止め許容の要件

1  そこで、本件雇止めが許容される要件について検討する。

右のとおり期限の定めのない契約と類似の状態に至っているとはいっても、雇止めが許容される基準が、期限の定めのない契約における整理解雇の要件と全く同一に扱われるべきものとは考えられない。ことに、雇止めが許容される経営上の危機の程度については、整理解雇が許容されると同程度に企業が差し迫った危機に瀕した場合でなければならないとすることは、本件の債務者に酷な結果を強いることになり妥当でないといわなければならない。

疎明資料によれば、債務者が組立作業要員として臨時社員を多量に採用し始めたのは昭和四二、三年ころで、昭和四九年以降は、組立作業要員としての正社員は全く採用しなくなり、組立作業部門は従前採用していた正社員のほかは臨時社員のみでまかなうことになったが、こうした臨時社員の採用形態及び活用形態がとられてきたのは、債務者がその製造する製品の大部分を自動車メーカーに販売している関係上、製造量が年ごとに変動する受注量に大きく影響される上、製造の自動化による合理化も進むことから、作業要員の調節に絶えず配慮しなければならないところ、臨時社員でまかなう方が、自然退職への期待、補充人員の募集の容易さ、雇止めの可能性等の点で人員の自在な調節に適していたからであったことが認められる。要するに、債務者における臨時社員の制度は、この企業の特質に密着した経営政策として重要な役割を担ってきたと認められるのであって、雇止めが許容される経営の危機の程度を整理解雇と同様に厳格に解したのでは、債務者におけるこの臨時社員の制度の意義の重要な部分が没却されることにもなり、あまりに経営政策の自由を奪うことになると解される。

もっとも本件においては、債務者は雇止めの具体的理由として、新たに導入したホーン自動組立機一台が本年五月から製造を開始したことのほか、主力製品「M四リレー」の受注が発注先のモデルチェンジ等の関係で漸減し、今後三年ないし四年で全くなくなる予測であることをあげるのみであるので、雇止めが許容される経営危機の要件を緩和して考えたとしても、その要件すら充足するか否か疑問でもあるが、仮処分審理の迅速性の要請上、こうした経営内容全般にわたる問題につき主張立証を尽くすことにはおのずから制約があるので、この判断はひとまず留保し、より検討の容易な次の要件の問題に進むこととする。

2  右に述べた経営危機の要件に比べ、解雇回避の努力や事前の労使協議の必要性については、本件雇止めにおいても十分に尊重されなければならない。けだし、それらの要件の充足を求めることは、債務者が臨時従業員制度を設けたことの意義を没却するほどにその政策に本質的に抵触するものとはいえないし、その一方で、これらの要件は、労使間の信義則という観点からして、雇止めの対象とされた債権者らにとって誠に重要であるからである。

これらの要件が、本件で充足されていないことは争いがない。解雇回避努力については、債務者は、従前から社外工の削減や外注の廃止などの努力をしてきたと主張するが、本件雇止め回避のための具体的措置として、配置転換、一時帰休、希望退職者の募集などを何ら行っていなかったことは債務者も認めるところである。

3  解雇回避措置のうち特に指摘しなければならないのは、希望退職者の募集が全くなされなかったことである。毎年臨時社員中にも自然退職者が若干名ずつ出ているのは疎明資料から明らかであり、退職条件の呈示如何によっては、債務者が今回雇止めをした八名の人員を任意退職により確保し得る可能性がなかったとは考え難いし、実際に希望退職者のみでまかなえたか否かを仮に置くとしても、雇止めの措置以前に一度はそうした手続きを踏むことが、一六年あるいは一九年という長期間債務者の工場に勤務した債権者らとの間の労使関係上の信義則として求められていたと言わなければならない。

雇止めに関して労使間に説明、説得等の協議がもたれなかったことについても、全く同様の問題がある。なお債務者が本件雇止めの決行を検討したと思われる本年三月ころは、別件損害賠償請求訴訟の第一審の判決言渡しの前後であり、労使間が緊張し、ことに組合員との間では対立状態が続いていたと推測されるが、そのことがこうした協議の必要性を免除するものでないことは他言を要するまでもないところである。

4  なお債務者は、正社員の定年にならって六〇歳以上の者を雇止めの対象者として選定したことに関係して、少なくとも六〇歳に達した以降は、期間満了により雇止めがあり得ることは労使双方の当然の前提となっており、雇止めがなされないとの信頼関係は存しないと主張するが、今回雇止めの対象とされた八名は、六〇歳を超えた後も契約の更新を続けてきたわけであり、その期間は最年長者で丸九年間にも及ぶところ、六〇歳を境に雇止めの問題が債務者から持ち出された事実も、また、一般的にそうしたことが労使間で問題とされた事実も疎明資料上うかがうことができないのであって、債務者主張の右「前提」を認定ないし推認することはできない。

あるいは債務者の右主張は、臨時社員に対し六〇歳を過ぎても雇止めを行い得ないならば、雇用期間の点で正社員より厚く保護されることになり不当であるとの趣旨を訴えているものととらえることもできよう。しかし、債務者においては、正社員と臨時社員とは、給与の額も給与体系も異なる別個の雇傭形態であることは疎明資料から明らかであって、そのように待遇差のある雇傭形態を設けることの自由も原則的には債務者に許容されていると考えられるから、雇傭期間の点のみをとらえて単純に正社員と比較し、保護の不均衡を指摘することは許されないというべきである。

5  以上のとおりであって、解雇回避の措置を講じていないこと及び労使間の協議がなされていないことから、本件雇止めは信義則上許されるものでなく、無効と言わざるを得ない。したがって債権者らは、現になお債務者の臨時社員たる地位を有するものとして、被保全権利の存在が認められる。

四  保全の必要性

債権者らは、賃金を唯一の収入源として生活を維持している労働者であり、本件雇止めによって賃金収入が止まれば、これを前提として立ててきた債権者ら及びその家族らの生活設計が根底から覆されること、そして、本案判決の結果を待っていては回復し難い損害を被ることは明らかである。そこで、債権者らが受けていた賃金の仮払いの必要がある。債権者らの給与計算は日給制であるが、毎月二五日に一か月分をまとめて支給されていたことから、争いのない平均月額賃金をもって仮払い額を認めるのが相当である。なお、比較的低廉な額であることにかんがみその全額について保全の必要を認めるが、仮払いの期間については、本案事件の進行状況の予測が現時点では困難であることから、本決定においては一応本案の判決時までとする。

地位保全の必要性については、一般に労働者にとっての労働契約上の権利は賃金請求権のみに限らないことに加え、債権者らは債務者の臨時社員として得ていた賃金に関し、別件損害賠償請求訴訟において債務者と係争中であって、現在の労働契約上の地位が問題となることも考えられないではないので、債務者が今後現実に債権者らの就労を認める可能性があると否とを問わず、地位保全の必要を認めるべきものと解する。

以上により、事案にかんがみ保証を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 林正宏)

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